https://twitter.com/NoContextTrek/status/1302970277299720199

Everlaneの炎上

Evernaleという企業は、D2Cという新たなモデルのリーダーとしてという点のみならず、単純な利潤の追求だけでなく社会善のために行動する、という点で高い評価を受けてきた会社/ブランドだ。Radical Transparency(過激なまでの透明性)というモットーの元、その製品原価をアイテムごとに開示し、工場の様子を詳細にレポートしたり、職場の様子をSNSで生配信もする。The Black Friday Fundという取組みでは、ブラックフライデー(クリスマス商戦の初日として大きな売上を上げることができる)の収益をサプライチェーンなどのステークホルダーに還元している。また、再生素材の使用や水をなるべく使わないジーンズなど、その製品の多くは環境配慮もされている。

こうした活動を通じ、Everlaneは倫理や社会課題に配慮した次世代型企業の代表格としてメディアで頻繁に称揚されてきた。エシカル、サステイナビリティ、パーパス、ミッションドリブン…Everlaneを形容するのはこんな言葉だ。しかし、そんなEverlaneへの風向きがここ数ヶ月で変わってきてしまった。同社について書かれる記事には、裏切り者、非人道的、不義理など、これまでと180度違う言葉が並ぶ。


Lobsterr vol.13(昨年10月の号) からの転載です。

A社のジュースを買うか、B社のジュースを買おうか。こうした日常の消費の選択が、選挙の1票と同じような意味をもつような日が来るかもしれない。

社会保障、雇用のセーフティネット、労働組合など、これまでも大企業が国家のような役割を果たすことがあった。しかし、企業のサイズと影響力がかつてないほど大きくなることで、企業と国家の力関係が大きく変化してきている。

『Axios』が報じている通り、消費者や従業員からのプレッシャーに応じ、社会問題や政治的問題に対して、積極的で大胆なアクションを取る企業が増えてきている。政治機関や政治リーダーたちの信頼が失墜しているという側面も見逃すことはできないだろう。政治家や公的機関を信頼できる、とする人は年々低下し続けている。そんななか企業は、社会問題に対して、一般の人たちの支持と意見を集めながらアクションを取ることができる数少ないプレイヤーになってきているのだ。

例えば銃規制に対しては、多くの名だたる企業が積極的な取り組みを進め、政府の取り組みよりはるかに大きなインパクトをもつようになっている。先週の『Lobsterr Letter』vol.12でも触れた通り、リーバイスは銃規制の活動を行う団体をサポートするための1億円のファンドを設立。積極的に銃規制に対して発信を行うことで、もはや”アクティビスト”とまで呼ばれるようになっている。またセールスフォースも、銃の販売業者に同社のソフトウェアを売るのを停止することを決定。B2Cの領域でも、あの巨人アマゾンが火器の販売を停止し、イーベイもその後に続いている。それだけではない。多くのEC事業者に決済・カートシステムを提供しているShopifyも銃を扱う企業へのソフトウェアの提供を停止した。こうしたECの巨人と、EC事業者を影から支えるソフトウェア大手の動きは、実質的に、銃のオンライン販売が法律で禁止されたに等しい効果をもつ。

また、性差別についての取り組みも目立つ。映画やテレビのロケ地が多数あることで知られるジョージア州のケンプ知事は今月、妊娠中絶を禁止する法案に署名。これを受けて、ディズニーやワーナーメディアといったハリウッドスタジオやNetflix、そしてスパイク・リー監督が、同州での撮影や事業の停止を訴えることで、同州に法案の再考を促している。2年前にはPaypalやバンク・オブ・アメリカが、公共のトイレでは出生証明書と同じ性別のトイレを使うべきとした、ノースカロライナ州の「Bathroom Bill(トイレ法)」の廃止を要求している。

こうした企業の姿勢は、激化する人材の獲得競争も起因しているのだろう。いまや、アクションを取らない企業は、採用においても競争力がなくなってきているからだ。もちろん、企業のこうした動きは採用だけでなく、ブランディングにも効いてくる。リサーチ会社・InMomentの調査によると、ミレニアル世代の58%、X世代の51%が、ブランドは社会課題に対してアクションを取るべきだと考えている。企業が何かネガティブなことをしたということではなく、”何もしないこと”に対して大きな非難やボイコットが展開される時代になりつつある、というのはもっと知られていい事実だろう。

アメリカで、AOCやベト・オルークのような新しい世代の政治家が登場し、国を新しい方向に導いていこうとしているのは素晴らしいことだ。しかし、これから真の意味で政治力をもつには、必ずしも政治家である必要はない。企業の立場にいても大きな政治的影響力をもつことは可能になる。もっと言うと、企業のトップや経営層にいる必要すらない。そうした企業への支持・不支持を、日々の消費を通じて表明することができるからだ。人々は、自分たちの声が政治に反映されないことに、強いフラストレーションを持っていた。しかし、これからは、あるブランドを買うこと(あるいは買わないこと)が、投票と似たような効果をもち始め、政治参加のひとつの手法になっていくかも知れない。


https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1598674/000104746920000166/a2240404zs-1.htm

CasperがIPOに向けてS-1を提出しました。

Warby ParkerやAway、Glossierなど多くのD2C企業がユニコーン化し、いくつかの企業は創業して10年近く経とうとしているのにも関わらず、D2C企業で上場した会社がない状態が長らく続いてきました。

D2Cはエグジットできるのか、いくつかの会社が売りに出ている、という噂もあった中で、Casperの上場はD2C業界全体にとって非常に大きなニュースです。S-1が公開され、これまで断片的な情報によってしか得ることのできなかった情報を構造的に把握することができる状況になりました。


Lobsterrからの転載です。

アメリカや日本など主要な先進国の間で、独身の成人の数がかつてないほど多くなっている。晩婚化が進んでいるということだけでなく、生涯独身の人も増えている。ピュー・リサーチのレポートでは、50歳で独身の人のうち、4人に1人は一生結婚せずに終わるだろうとしている。離婚の数も増え、再婚への意欲も低い。ユーロモニターの調査によると、グローバルな独身世帯数は1980〜2011年の間に1.2億世帯から2.8億世帯に増え、2020年には3.3億世帯に増えるとされる。人口増加のペースをはるかに上回る。

こうした流れに警鐘を鳴らす人がいるのはわかる。日本でも男女は早く結婚すべき、子どもをつくるべきと言う人がまだまだ多数いる。そしてそうした意見が「独身であることがスティグマ、不名誉である」という風潮をつくってしまう。独身は安定性に欠け、自己中心的である、というステレオタイプもある。周囲から孤独で、さみしい人と思われ、なんと早死にするという都市伝説すらある。

とある社会学の実験では、ほぼ同一の職業・学歴・性格などを書き記した複数人のプロフィール欄のうち、既婚・独身だけプロフィールを変えて被験者にその人の性格を判断してもらった。被験者は、既婚者と書かれている人は「優しく、愛情に満ちている」、独身者は「孤独で自己中心的」と判断したという。こうした論調は、フランスの社会学者エミール・デュルケームにまで遡ることができるかもしれない。彼は、結婚こそが人々を社会に結びつけ、一方で独身の人は社会のサポートや帰属感がないため疎外されてしまうとした。

しかし、長期にわたるリサーチや統計が指し示しているのは、独身の増加は、社会のレベルでも個人のレベルでも祝福すべきことということだ。しかも、独身の増加は、都市、街、コミュニティ、家族の意味・範囲を再定義する機会をも与えてくる。

近代以降、コミュニティは核家族の集積として組織化されてきた。しかしライフスタイルやワークスタイルの変化に伴い、こうしたコミュニティは機能不全に陥りつつある。家族同士は孤立化し過ぎており、職場からも離れている。都市のマンションでは隣の人との交流もない。職や教育機会を求めて上京してきた世代には、長年続く近所付き合いもない。1974年以来続いている調査では、アメリカ人は、かつてないほど近所の人との関わりが少なくなっているという。それは日本でもあまり変わらないだろう。

しかし、こうしたコミュニティの崩壊というトレンドに歯止めをかけているのが、独身の人たちなのだ。2,700名もの50歳以下の独身者を6年間トラッキングした調査では、友人や隣人が困っているときに励まし、助け、ともに過ごすことが多いのは独身の人の方だ。独身者の方が、両親や兄弟を訪問し、サポートし、アドバイスすることが多い。市民グループや公共イベントにも積極的に参加する。ボランティアへの参加率も高い。独身で暮らす人こそが、都市の潤滑油となる。彼らの存在が、多様な社会やネットワークづくりを後押ししている。

人間は、交友関係が広い方が人生の満足度が高い。結婚している人は、その家族を人生の中心に据える。結婚後、夫婦の交友関係が狭まってしまう傾向にある。ただ夫婦で寄り添っているだけのカップルはメンタルヘルスのスコアが低い。逆に、独身の人々は多様な社会的ネットワークを形成する。6カ国を対象にした調査(フィンランド、オランダ、スペイン、イギリス、アメリカ、オーストラリア)では、オーストラリア以外の5カ国で、生涯未婚の高齢の女性の方が、既婚の女性に比べてより広範なネットワークをもっていたという。彼女たちの方が、依存先を分散しながら、より軽やかにしなやかに社会と向き合っていく。

また、既婚の人の間でも伝統的な家族の枠組みを拡張・変革しうるような流れも出てきている。親友や離婚後のパートナーも含みうる、「新しい家族像」のようなものをつくっている人も多い。今後、プライバシーと独立性に配慮がなされた複数世代の家族からなる世帯や、友人や気の合うタイプの夫婦などで集まって暮らす、という新しい家族のかたちが生まれてくるだろう。ロマンス抜きで、子育てのためだけにパートナーを探す人も増えてきている。シングルマザー同士で集まる「CoAbode」という住居もある。

また、最近増えているのが「LAT(Living Apart Together)」、すなわち自分らしい生活とリズムを求めて、あえてパートナーと別々の家で暮らすスタイルだ。夫婦であろうが、別に一緒に住む必要はない。お互いの生活のリズムを保ち、好きなときに友人を招き、休みたいときには、ひとりでくつろぐことができる。わたしの友だちも何人かはLATをしている。軽やかで良い。これからもっと増えていくだろう。

ドイツの社会学者ウリッヒ・ベックは、「結婚はDIYキットと化している」と嘆く。結婚したからといって、すべてを世帯のなかだけで行う必要はない。家事も、子育ても、社会と協調しながら行っていけばいい。

独身だろうが、結婚していようが、従来の概念にとらわれずにライフスタイルを追求する人が、新しいタイプのカルチャーをつくっていく。伝統的家族像の”伝統”には、たいした歴史もない。大戦前に国家が管理しやすい、という観点でつくられた制度も多い。せいぜい80年程度の歴史でしかない。また「理想的家族像」は誰かのつくったキャンペーンや幻想だったりする。広告に出てくるような、夫婦2人に子ども2人、料理をしながら夫の帰りを待つ妻、というステレオタイプなシーンに対して嫌悪感を覚える人も増えてきている。イギリスでは、そうした広告表現が禁止されたばかりだ。

20世紀、人々は核家族という枠組みに囚われて生きてきた。そのスタイルのもとでは、家族やパートナーを中心に据えながら、ソーシャルライフや人間関係を構築する。イギリスの社会学者、リズ・スペンサーとレイ・ポールはこれを「パートナーをベースにした個人的コミュニティ」と呼ぶ。しかし、21世紀は、もっと流動的で、家族以外の人ともゆるいつながりを多数もつ、より適応的なスタイルが新しい家族像になるだろう。

誰と結婚してもいいし、結婚しなくても、子どもがいてもいなくてもいい。血の繋がっていない子どもと一緒にいてもいい。どれもクールで、ユニークで、尊敬できるスタイルだ。共同体に生きる個人として、われわれは自分たちが住みたいコミュニティの在り方をデザインする自由、そして責任がある。


Lobsterrからの転載です。

良質な思考に良質な情報は不可欠。

ベネディクト・エヴァンスというテック業界のThought Leader(思想的リーダー)のニュースレターをずっと前から購読している。毎週月曜、彼のニュースレターが届く。SNSを閉じ、日々のニュースや出来事に対して彼が添える、ささやかな文脈に触れると、自分の視座の広がりと理解の深まりを感じる。

その他にも、いくつか面白いニュースレターを購読している。アンドリュー・チェンのニュースレターもテック業界の革新的ビジネスモデルについて深い理解を与えてくれる。まだ購読を始めたばかりだが、スコット・ギャロウェイのそれも素晴らしい。週に1回か月に数回、メールの受信箱に届くニュースレターというメディアは、それぞれの書き手のキャラクターが滲み出て、不思議な親密さを与えてくれる。聡明な友達にときどき会って話を聴くようで、そのリズムとインタラクションが非常に心地良い。

反対に、FacebookやTwitterでは、あらゆる方向からニュースやアップデートが流れてくる。PV至上主義に陥ったメディアや個人による、キャッチータイトルと浅薄な内容が組み合わさったコンテンツに溢れている。そこでは、多いことや速いことが価値だ。FOMO(Fear of Missing Out=取り残されることへの恐れ)に訴えかけ、ニュースはもはやノイズと化している。

そんななか、ニュースレターは、深くて、遅くて、静かで、意味がある思考を与えてくれる。個人的には、ニュースレターを読むことは、ヨガをすること、あるいはソファに座って考え事をしたり、海辺に行って景色をじっと眺めたりするモードの延長にある。「良質な思考に触れている」という自信に溢れ、JOMO(Joy of Missing Out=追いすぎないことの喜び)を感じさせてくれる。

Lobsterrを始めてからの数カ月の間、さまざまなキーパーソンたちがニュースレターが始めており、新しいメディアの実験として、このフォーマットを選んだのは間違いではなかったかもしれない、と思うことが増えてきた。

元『Recode』編集長のダン・フロマーは、ニュースレターのパブリケーション『The New Consumer』を開始。年間200ドルで購読でき、週2回のペースで届く「Executive Briefing」がコアプロダクトだ。ニュースというより、「そこから何が読み取れるか」というインサイトを重視している。さらに大手メディアにおいても、読者の新たなエンゲージメントを獲得する手法としてニュースレターを始める動きが活発だ。『Fast Company』は「Compass」という新たなニュースレターをスタート。「ただのリンクのかき集めや特報ニュースのニュースレターとは一線を画し、トピックについての深い分析を通じ、読者の理解を深め、新たな視座を与える」とする。『ニューヨーク・タイムズ』も育児についてのニュースレターを開始している。

こうしたニュースレターの創刊ラッシュは、先週のoutlookでも書いた通り、「Time Well Spent(有意義な時間)」の流れを受けたものなのだろう。もう少しアンテナを広げると、ニュースレターというフォーマットに限らず、ニュースのノイズ化に対して「スロージャーナリズム」というキーワードを標榜する企業が、メディアの新しいかたちを模索するための実験を次々と始めているのがわかる。

例えば、『Tortoise Media』というイギリスのメディアは、どんなに騒がしい日でも1日に5個までしか記事を配信しない。「際限のないニュースフィードの解毒剤」と自らを形容する。Kickstarterで大きな支持を集め、約6,000万円を調達。加えて、8人の投資家から資金を調達したばかりの新興メディアだ。コペンハーゲンの『Zetland』に至っては、記事の配信は1日2つだけ。平日の早朝5時にメールが届く。こうすることで、読者は新しいニュースを求めて何度もサイトを訪れなくて済む。さらにすべてのコンテンツが、書き手の個人的なメモと一緒に、音声フォーマットでも配信される。デンマーク語のため理解はできないが、『Zetland』のコンテンツからは記者個人のキャラクターと価値観が見え隠れする感じがしてならない。

この流れに乗ったメディアを挙げると、ドイツの『Krautreporter』、スイスの『Republik』、イタリアの『Il Salto』、フィンランドの『Long Play』、オランダの『De Correspondent』など枚挙に暇がないが、ここではもうひとつ例を挙げよう。今年始まったばかりのニューヨークを拠点にする『The Slowdown』というメディアだ。このメディアのディスクリプションは、そのままコピーしてLobsterrのAboutページに載せたいと思うくらい、素晴らしいステートメントになっている。

We believe stories — like food — should not be flash-fried and “binged.” They should, instead, be made carefully, thoroughly enjoyed, and feed the heart and the mind. Positioning conversation over presentation and questions over comments, we distill and synthesize fractured ideas, fuel creativity, and inspire wonder.

ストーリーは、さっと表面をなぞったり、ハマらせるようなものであってはならない。ストーリは、丁寧につくられ、満遍なく楽しむことができ、心と頭を豊かにするものでなければならない。プレゼンテーションよりカンバセーションを、コメントより質問を大切に扱おう。わたしたちは、バラバラのアイデアを統合し、創造性に火をつけ、知りたいと思う気持ちを喚起する。

こうしたメディアの共通点は、基本的に広告モデルではなく、有料のサブスクリプションをベースにしているという点。読者との距離感が非常に近いのもこうしたメディアの特徴で、読者と積極的に意見を交わし、イベントも行っている。

ニュースレターに話を戻して、そのビジネスモデルにも目を向けると、こうしたスロージャーナリズムのメディアと同様にサブスクリプションが基本となる。

ここ数カ月で、SubtrackやPatreon、Revueといった、ニュースレター専用のプラットフォームが登場している。こうしたプラットフォームでは、課金や購読者管理のツールが提供されており、ニュースレターを発行したい人は、ただコンテンツをつくるだけでいい。Subtrackは毎月40%ユーザを増やし、Patreonも2017〜2018年にかけてユーザー数が倍になった。そして、こうしたプラットフォームを通じて提供される有料ニュースレターは、文章を書く人にとっては、経済的に自立するための方法としての地位を確立しつつある。十分な広告収入を得るには何十万人、何百万人にコンテンツを読んでもらう必要があるブログと比べて、ニュースレターで生計を立てるために必要な読者ははるかに少ない。月に1,000円払ってくれる読者を1,000人集めることができれば、十分な収入になる。Subtrackのトップ12人の稼ぎ頭の平均のレベニューは、年間1,600万円以上だ。

こうした収入の真のメリットは、ライターたちに、本当に書きたいことに注力できる余力を与えることだろう。『ボストン・グローブ』紙の記者だったルーク・オニールは、ある記事についてちょっとした騒動を起こしたあとに同紙を辞め、自身で新しくニュースレターを始めている。このように強烈な個性と意見をもつ記者からさまざまなオルタナティブなメディアが生まれれば、言論の多様化、健全化に繋がるはずだ。

街のオーガニックストアが、イオンやセブンイレブンにはどう足掻いても勝てないように、スローメディアが主流になることはないかもしれない。それでも、『De Correspondent』を紹介したこの記事のタイトルに表現されている通り、メディア企業だけでなく、ニュースの受け取り手であるわたしたち自身も、さまざまな視点に触れながら、個々の現象から構造を読み解き、事実を深く読み解く目を肥やしていく責任があるように思う。その力は、親指でタイムラインをスクロールしているだけでは身につかないものだ。

フェイクニュースの問題は、拡散している側だけでなく、受け取る側も責任を負っている。読者のリテラシーが上がれば、メディアのレベルはさらに上がっていくはずだ。そして、新たなメディアの実験が始まり、社会全体の知性と感性が底上げされるという好循環が生まれていくのだろう。


思いがけず長い文章になってしまったので、Lobsterrからこちらにも転載します。

あなたが、世界数十カ国にファンをもつミュージシャンだとしよう。試行錯誤を繰り返しながら作曲し、頑張って辞書を引きながら英語で歌詞をつくる。努力が実り、Spotifyで年間200万回も再生されるまでになった(ダブルミリオンという意味では、宇多田ヒカルの「Automatic」と同レベルだ!)。しかし、ストリーミング音楽のこの時代、あなたに分配されるのはわずか100万円程度しかない。

2018年の音楽市場は、対前年比で約10%上昇したようだ。全体としては、ユーザー数も伸び、ユーザーが音楽を聴く時間も増えている。一方で、そこそこのユーザー数を抱え、まあまあの再生数をもつ”ミュージシャン中間層”の稼ぎは、CDの販売で生計を立てていた時代に比べてずっと少ない。ゾーイ・キーティングというチェロ奏者の楽曲は、世界65カ国の24万1,000人のリスナーによって計200万回再生(合計19万時間)された。それでも彼女の稼ぎはわずか1万2,000ドル程度(約130万円)。音楽だけで暮らすことは難しい。これは、ファンの数ではなく再生数でミュージシャンに収益分配するという、音楽ストリーミングサービスのビジネスモデルにも原因がある

Spotifyはクリエイターの収入を増やすと喧伝されているが、実際はそうはなっていないという批判が多い。Spotifyだけでなく、UberやAirbnbなど、新たなエコノミーの旗手の、期待と現実のギャップは至るところで目にされる。

例えば、Amazon FlexというAmazonの配送を単発・短時間で自由に請け負うことができるサービスも、各所で配達員の過酷な状況が伝えられている。仕事中は時間に追われてトイレに行く暇もなく、運転中にゲータレードのペットボトルに用を足す。Uberのドライバーも、乗客の争奪戦が激しい。また、Airbnbの「家主が余った部屋を貸し出すことでちょっとした収入をあげられる」というイメージは実態とはかなり遠い。Airbnb物件の大部分は、都市中で多くの物件を扱う業者によって運営されている。トップ10%のホストが、2017年の全収益の48%を稼ぎ出している。

a16zのジェシー・ウォールデンがブログに書いている通り、AmazonやUber、Airbnbなどのプラットフォーマーとその上でサービスや労働力を提供する人々の関係は、時間の経過とともに「協調的関係」から「競争的関係」へと変化していく。プラットフォームができた初期は「来てくれてありがとう」。それが「嫌なら他に行きな」へと変化する。
ここでいう競争的、というのは、働き手にとっては2つの意味をもつ。ひとつはプラットフォームとの競争。限られたパイの収益分配の線引きを巡る争い。もうひとつは、他の働き手との競争。プラットフォームが活発化すると、供給者間の競争が激しくなる。こうした問題は、プラットフォーマーが「まずはユーザー数の拡大、その後、クリティカルマスを超えた時点で収益化に舵を切る」というビジネス戦略上のプロセスに呼応し、構造的に起こるものだ。

では、どうしたらいいか? ケヴィン・ケリーが「1,000人の忠実なファン」と題されたブログで提唱するのは、クリエイターは、あなたに毎年100ドルを払ってくれるファンを、世界中から1,000人だけ見つけなさいということ。そして、仲介者なしで直接そのお金を受け取ること。そうすれば、年間1,000万円程度の収入を得ることができる。左利き用の魚釣りリール、あるいはデスメタル音楽といったニッチなものの方がいい。SNSの普及により、こうしたことははるかに容易になってきているはずだ。

また、現在はGAFAをはじめとする中央集権的なプラットフォーマーが担っている役割を、ブロックチェーンやスマートコントラクトを活用したテクノロジーに担わせようとする実験的取り組みが多く為されている。これが実現すれば、複雑な権利処理やロイヤリティの分配などが自動で行われるようになる。ネパールのカトマンズに住む少女があなたの音楽を聴くと、間髪入れずに、作曲、作詞、シンガーたちに自動的に収益分配されるような仕組みだ。そこでは、聴き手が払った金額の90%がつくり手に届くようになる。

技術とマーケットは変わり続ける。レディ・ガガの元マネジャーでSpotifyのクリエイターサービス部門のトップを務めたトロイ・カーターは、「アーティストも起業家精神をもつ必要がある」と言う。アーティストは、ディストリビューションも含め、表現以上のことをする必要があるということだ。
分散型テクノロジーがさらに発達し、起業家精神をもつクリエイターが増えれば、新しいエコノミーの、さらにその次のフェーズに近づく。そこでは、使い手とつくり手の間に仲介者は存在せず、ピュアでシンプルな関係が無数に、そして分散的に存在する。その社会にはGAFAのような肥大化した勝者がおらず、手触り感のある「小さな成功者」が数多くいる社会になるのだろう。


https://www.racked.com/2018/8/6/17657516/peloton-at-home-fitness-flywheel-classpass-rumble

昨年から、今一番クールで面白い会社はPelotonと言い続けています。

再定義された次世代型のブランディング、他に類を見ないビジネスモデル、全米ぶっちぎり1位のリアル店舗のパフォーマンス、ハードから物流、コンテンツを含む垂直統合、カルチャー、宗教性など多様な面で示唆を与えてくれるスタートアップです。

昨年秋に担当したグロービスの「デザイン経営」の授業でも1コマの大部分を使って解説・ディスカッションをさせてもらいました。

これはPeloton CEO John Foleyのプレゼンテーション。これからのコンシューマプロダクトのブランドが果たすべき役割について、深い洞察とデータを元に語られています。他の業界にも非常に参考になる話が多く、何回も見直しています。

Pelotonとは


出版社などのメディア企業がリテールの未来を作るのでは、というこの記事。面白かったので、個人的なメモ・コメントを付記しながらの抄訳です。

New York TimesやGannettといったメディア企業は、コマース部門を持っている。大々的にそうしたビジネスをしているわけではないが、メディア記事で紹介した商品価格の一定比率をアフィリエイトで得るなどし、広告収益や、サブスクリプションフィーに次ぐ収益の柱に育てようとしている。

これは、生活者の観点から見てみると、違う意味を持つ。無数の選択肢にコンテクストを与え、プロダクトと生活者の新しい接点の構築しているのだ。オンラインショップだろうが、リアル店舗だろうが、50種類のシャツから自分にとって最適な1枚を選ぶという状況は悲劇でしかない。

Wirecutterや、Best Reviews、Strategistのようなメディアが運営するリアル店舗は、そうした課題に対するソリューションを提供してくれる。メーカーの表面的な売り文句のウソを暴いたり、よくないものは正直によくない、という姿勢でコンテンツを書き、読者の支持を集めている。

少し視点を変えて、AwayやCasperのようなデジタルネイティブのD2C企業について見てみよう。Benedict Evansが言うように、“rent is the new customer acquisition cost” 。不動産の賃料は、新たなCACだ。会社の規模が大きくなると、オンラインの広告費も上がってくる。売上が一定数を超えると、リアル店舗を持った方が、よりコスト効率もよくなったりする。

これは、Starategistにとって何を意味するかというと(今はオンラインアフィリエイトで細々と稼いでいるだけだが)真剣にコマースに取り組むならば、こうしたリアル店舗の展開も考えないといけない、ということだ。実際、Strategistは、ニューヨークのSOHOの店舗に少なくない金額の投資を行なっている。売上、ブランド、どちらにも寄与する取り組みとなるだろう。

現在、アメリカの個人消費は500兆円。そのうちの10%、50兆円程度がオンラインの消費だ。eコマースの最初の20年間、勝者はアマゾンだった。それは、消費者が欲しいものを安く、早く、便利に届けるという競争だ。

これからは、そういった便利さ、信頼性や、物流などの要素が、コモディティ化してくるはずだ。そして、消費者が価値を感じるポイントは、取引的な要素から体験的な要素に比重がどんどん移ってくるだろう。
それは、消費者がその存在すら知らなかったものを提示し、インスピレーションを与えるようなことだ。次の20年間のオンラインコマースの勝者は、「果たして私は何を買ったらいいだろう?」に対して答えを与えるだろう。

Glossierはビューティ系のブログとして始まり、Awayは自分で雑誌を作っている。しかし、これらのD2C系企業のコンテンツへの執着ぶりには少し疑問が残る。それはあまりスケーラブルではないのだ。
まだSKUが少ないうちはいいが、きちんとした、気の利いた商品の解説を書こうとしたら膨大な時間がかかってしまう。これから商品や事業がどんどん拡大したら、どうするつもりなのだろうか?

これは逆に、Strategistのようなメディア系コマースに大きな機会があることを意味している。こうしたメディア企業は、膨大な商品の中から価値のある商品を見つけ出し、それについて批評を書くことで価値を提供している。それこそが彼らの存在理由だ。
「プロダクトについてのコンテンツを作る」という点においては、Strategistの方がより長けているのだ。

現在、Strategistは年間7千万人のサイト訪問者を抱えている。しかしこの数字自体はあまり問題ではなく、コンテンツのストックの方に大きな価値がある。

例えばそれは「新しいタイプの検索」を可能にする。今私たちがAmazonで買い物をしようとしたら、ブランドや、特定の商品カテゴリーを入力しないと欲しい商品にたどり着けない。Strategistのコンテンツストックは、「姪っ子へのお土産」とか「メーガン妃が結婚式で使ったリップ」などの検索が可能になる。

ここで書いたことは、単に斜陽のメディア企業を、リアル店舗の展開で救う、といった話ではない。メディアを、新しいビジネスモデルによって変革しようという、一つの野心的な実験だ。New York Magazineが行なっているのは、次のメディア企業が将来どう生き残るかについての一つの解を示そうとしている。

メディア化するプロダクトブランド。プロダクトブランド化するメディア。ネットとリアルの垣根も自由に行き来しつつ、この2つは今後、交差しながら新しいビジネスモデルを生んでいくだろう。


オンライン発のD2Cブランドにとってリアル店舗は必須になりつつある。nice-to-haveからmust-haveに。オフラインで獲得した顧客の方が、ロイヤリティもLTVも高いというデータをたくさん見かける。

Natalie Mackey, founder of Winky Lux, said that customers acquired via the brand’s retail pop-up were 3x more likely to become repeat buyers.

売上が$10Mを超えたあたりから、オンライン広告等で顧客を得るより、オフラインで得る方がコスト効率も良くなる。

しかしリアル店舗のローンチは難易度が高い。

不動産探し。什器の発注。デザイナー探し。不透明な価格体 …


海外の損害保険会社の、サービス体験改善のケーススタディを読んでいる。

サービスの企画からローンチまでの長大な話だが、保険サービスのパンフレット作成のくだりで色々と考えさせられた。サービスの作り手にとって、どれだけユーザーの「感情のレパートリー」を把握が必要かを考える、いい事例になっている。

パンフレット作成の下りは、このような話。

・リサーチを通じて、損害保険会社の潜在顧客から「書類が多く、書いてある内容も複雑で読み込めない」という意見が多く挙がる。

・デザイナーが、複雑な内容を整理し、みごとに一枚のパンフレットにまとめ上げる(全然大した話に見えないが、業界では超画期的な取組み)。

・このパンフレットのプロトタイプは潜在顧客を大いに喜ばせる。複雑な商品を理解する助けに。

・しかし、いざ蓋を開けてみると、そのパンフレットの導入は全然契約増にはつながらない。むしろ契約率は下がる。契約書にサインする手前で、なぜか、みなが躊躇ってしまう。

・潜在顧客により深いインタビューを行うと「書類の厚み」「いかつい専門用語」がないことで、むしろ提供している商品「軽く」見えてしまい、自分の大事なお金(と命に関わる契約)を任せることができない、というインサイトにたどり着く。

そのチームは、真に必要だったのは、理解がもたらす安心感に加えて「書類の厚み」がもたらす信頼性だと気づく。その絶妙な感情のバランスが、契約書へのサインに結びつく、と。

肥沃な感情のバラエティを理解する

この手の話は、損保の契約に限らない。

「銀行ローンを組む」、「証券会社に口座開設する」などもそう。もっとシンプルな「コンサートのチケット買う」、「レストランで注文する」、「ショップで洋服を選ぶ」などもそうだろう。

生活者は、コンマ数秒の短いチャンクが無数に繋がる、ランダムなユーザジャーニーを辿る。その間、雑多な感情が入り乱れた後に、ゴールに達する。達成感、正義感、劣等感、優越感・・etc。

モノやサービスを設計するときに、作り手として「訴えかけたい感情の種類、レパートリー」をどれだけ知っているか、また、それらが複合的に重なり合った時に、どういう行動に繋がるのか、ということを考察する姿勢がとても重要なように思う。

さもなければ「ユーザが嬉しくなる」「便利に感じる」という程度の、低解像度のゴールを目掛けてサービス設計をすることになってしまう。

消費者、という人間の一側面を切り取っても、承認欲求や顕示欲だけではとうてい語りつくせない、肥沃な感情のバラエイティがある。感情の機微や、些細なニュアンスを丁寧に汲み取る受信機を持つこと。複数の感情の糸を織り合わせた上で、一つの完結したサービスにつなげていく必要がある。

Yasuhiro Sasaki

Founder of Lobsterr https://www.lobsterr.co/. Director, Business Designer at Takram. Opinions are my own. Twitter @yasuhirosasaki

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