感情のレパートリーについて

Yasuhiro Sasaki
Jan 20, 2018

海外の損害保険会社の、サービス体験改善のケーススタディを読んでいる。

サービスの企画からローンチまでの長大な話だが、保険サービスのパンフレット作成のくだりで色々と考えさせられた。サービスの作り手にとって、どれだけユーザーの「感情のレパートリー」を把握が必要かを考える、いい事例になっている。

パンフレット作成の下りは、このような話。

・リサーチを通じて、損害保険会社の潜在顧客から「書類が多く、書いてある内容も複雑で読み込めない」という意見が多く挙がる。

・デザイナーが、複雑な内容を整理し、みごとに一枚のパンフレットにまとめ上げる(全然大した話に見えないが、業界では超画期的な取組み)。

・このパンフレットのプロトタイプは潜在顧客を大いに喜ばせる。複雑な商品を理解する助けに。

・しかし、いざ蓋を開けてみると、そのパンフレットの導入は全然契約増にはつながらない。むしろ契約率は下がる。契約書にサインする手前で、なぜか、みなが躊躇ってしまう。

・潜在顧客により深いインタビューを行うと「書類の厚み」「いかつい専門用語」がないことで、むしろ提供している商品「軽く」見えてしまい、自分の大事なお金(と命に関わる契約)を任せることができない、というインサイトにたどり着く。

そのチームは、真に必要だったのは、理解がもたらす安心感に加えて「書類の厚み」がもたらす信頼性だと気づく。その絶妙な感情のバランスが、契約書へのサインに結びつく、と。

肥沃な感情のバラエティを理解する

この手の話は、損保の契約に限らない。

「銀行ローンを組む」、「証券会社に口座開設する」などもそう。もっとシンプルな「コンサートのチケット買う」、「レストランで注文する」、「ショップで洋服を選ぶ」などもそうだろう。

生活者は、コンマ数秒の短いチャンクが無数に繋がる、ランダムなユーザジャーニーを辿る。その間、雑多な感情が入り乱れた後に、ゴールに達する。達成感、正義感、劣等感、優越感・・etc。

モノやサービスを設計するときに、作り手として「訴えかけたい感情の種類、レパートリー」をどれだけ知っているか、また、それらが複合的に重なり合った時に、どういう行動に繋がるのか、ということを考察する姿勢がとても重要なように思う。

さもなければ「ユーザが嬉しくなる」「便利に感じる」という程度の、低解像度のゴールを目掛けてサービス設計をすることになってしまう。

消費者、という人間の一側面を切り取っても、承認欲求や顕示欲だけではとうてい語りつくせない、肥沃な感情のバラエイティがある。感情の機微や、些細なニュアンスを丁寧に汲み取る受信機を持つこと。複数の感情の糸を織り合わせた上で、一つの完結したサービスにつなげていく必要がある。

サービス体験を通じてユーザにどのような感情を持って欲しいか

What emotions do you want people to have? (そのプロダクトやサービス体験を通じて、どのような感情をユーザに持って欲しいか?)

この問いは、サービスのゴールを「ユーザに届けたい感情を定義し、それを引き起こすこと」へと誘う。自分がデザインスクールで出会った数あるフレームワークやメソッド、ガイドの中で最も好きなものの一つだ。

この問いがあることで、モノの形状や色彩、質感に加え、より本質的な価値の議論・考察を深めることができる。

冒頭の損保会社のケーススタディを見ながら思い出したのだけど、Making Meaningという本で、デザインする際に、ユーザのどういう価値観や、meaning(意義)に訴えかければいいかを検討する際の「感情や価値、意義」の種類が、15のリストにまとめられている。

このリストを頭に入れつつ、その適切な配合バランスをデザインするようにしたい。備忘までに。

  1. 達成感:生産性向上、集中、鍛錬、ステータス、才能などを通じ、ゴールを達成したり何かを得ることで得られる感情。
  2. 美:品質を理解し、味わうこと。何を美と感じるかは主観的だが「美しいものに惹かれる」というのは人類の普遍的な感情。
  3. 創造:自分の手で、無から新しいものを作ったという感情。趣味で何かを手作りするだけでなく、サラダバーで自分のプレートを盛り付けているときも、人は創造しているという感覚を持つ。
  4. 共同体:何らかの共通性を持つグループに属しているという一体感。宗教組織、野球のファン、同じ会社、母校・・。箱根駅伝など学生スポーツは上手に共同体的価値に訴えかける。アップルがしかけたMac vs PCキャンペーンもこの一種。
  5. 責任:「何かをやらなければ」という責任感。軍、警察、医療、その他行政サービスなどはこの価値に立脚しているが「子供に絵本を読み聞かせる」というパーソナルな日々の活動も責任感から行っていることがある。
  6. 啓発:The Ecnomistを読む、FTや日経新聞を読むなどして権威や信頼のある情報を得ると、啓発されている感覚を持つ。
  7. 自由:望まない制約がない状態。制約を取り払うだけで人は行動力を増す。だが、自由度が高すぎてもよくない。安心、という感情との綱引きを引き起こす。
  8. 調和:自分のスタイルとの調和・一貫性。例えば、キッチン用品の買い物をするとき、そのものの機能だけでなく、すでに持っている台所用品との色、サイズを含めた調和を気にする。
  9. 公正:フェアに扱われているという感覚。
  10. 一体感:自分の周囲と一体感。最近だと企業がファンやユーザとのコミュニティを通じたコミュニケーションを活発に行なっており、一体感の醸成に一役買っている。
  11. 贖罪:ネガティブな体験が根底にあるが、贖罪そのものの体験はとてもポジティブ。ダイエットに取り組んでいる時が好例。
  12. 安心:必要以上に大切なものを失うものがない、という安心感。保険などは上手にこの価値に訴えかける必要がある。
  13. 真実:誠実であり本物であるということ。オーガニック食品や教育サービスなどに対し、自分が投資しているのはまがい物ではない、という感覚。
  14. 証明:ハイブランドを身につけ、ステータスシンボルとして機能しているような状態。
  15. 不思議:ディズニーやラスベガスのカジノが醸し出す非日常感を想像してみよう。こうした場所や空間で感じる不思議な感覚にユーザは価値を見出す。

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Yasuhiro Sasaki

Founder of Lobsterr https://www.lobsterr.co/. Director, Business Designer at Takram. Opinions are my own. Twitter @yasuhirosasaki