Everlaneはなぜ炎上したのだろう?

Yasuhiro Sasaki
Oct 26, 2020

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https://twitter.com/NoContextTrek/status/1302970277299720199

Everlaneの炎上

Evernaleという企業は、D2Cという新たなモデルのリーダーとしてという点のみならず、単純な利潤の追求だけでなく社会善のために行動する、という点で高い評価を受けてきた会社/ブランドだ。Radical Transparency(過激なまでの透明性)というモットーの元、その製品原価をアイテムごとに開示し、工場の様子を詳細にレポートしたり、職場の様子をSNSで生配信もする。The Black Friday Fundという取組みでは、ブラックフライデー(クリスマス商戦の初日として大きな売上を上げることができる)の収益をサプライチェーンなどのステークホルダーに還元している。また、再生素材の使用や水をなるべく使わないジーンズなど、その製品の多くは環境配慮もされている。

こうした活動を通じ、Everlaneは倫理や社会課題に配慮した次世代型企業の代表格としてメディアで頻繁に称揚されてきた。エシカル、サステイナビリティ、パーパス、ミッションドリブン…Everlaneを形容するのはこんな言葉だ。しかし、そんなEverlaneへの風向きがここ数ヶ月で変わってきてしまった。同社について書かれる記事には、裏切り者、非人道的、不義理など、これまでと180度違う言葉が並ぶ。

一つのきっかけは、正社員になることを目指して労働組合組成を試みていたパートタイムの顧客サポートチームのほぼ全員を解雇したことだろう。ViceFast Companyの記事では、店舗で働く従業員の「給料も低く福利厚生もなく、シフトも変則的だ」という不満の声を紹介している。なお、組合結成についてはHRのトップが「透明性に反する」として組成を阻止したとも報じられている。これは法律違反だ。当時、民主党の大統領候補指名争いをしていたバーニー・サンダース上院議員も自身のTweetでそれを批判したことでちょっとした騒ぎにもなった。

従業員から不満が出てくるのは、会社が表明している価値観と、自分たちの扱われ方が合致していないからだろう。Everlaneのワークカルチャーについての悪いニュースは、パワハラ的なコミュニケーションが大きな非難にさらされたスーツケースのD2Cスタートアップ「Away」の騒動につながるものだ。この両者を結びつけるのは、どちらも理想主義的でパーパス駆動型のブランドとして始まっていること。しかし、それと一致しない言動が明るみに出たとき、消費者やメディアから一斉に非難を浴びることになる。

しかし、そもそもなぜ社内のゴタゴタがここまで大きく報じられ、消費者からも批判にさらされてしまうのだろう?それを考える前に、そもそもなぜ企業が倫理や社会正義について語るのか、と言うことを考えてみたい。

トランプ大統領という黒幕

昨今、「企業やブランドが社会の構成員の一員として求められる責任を果たす」という機運が急速に高まり、そして消費者の期待値もそこにセットされている。一見すると関係ないように見えるが、このような、企業に社会性が求められる背景には政治的分断やメディア不信があると考えられる。

https://www.edelman.com/sites/g/files/aatuss191/files/2019-02/2019_Edelman_Trust_Barometer_Global_Report.pdf

世界最大のPRエージェンシーのエデルマンのレポートでは、政府やメディアに対する信頼度が年々低下していき、それと反比例するようにに”My Eemployer(自分の雇用主)”への信頼度が上がってきていることが示されている。例えばアメリカでは、トランプ政権に対する不信やそれが起こす政治的・社会的分断、フェイクニュースにあふれるメディアは大きく信頼を失い、最後の頼みの綱として(なかば消去法的に)「自分の雇用主」を、善き社会を実現してくれる対象として据え始めている。自分が勤める会社のリーダーに、ジェンダーや人種差別などの社会的イシューを扱って欲しいと願う従業員は9割を超える。トランプ大統領のような混乱を呼ぶタイプのリーダーが、間接的にブランドの創業者や代表への相対的な期待値上昇に寄与している。

さらに見過ごせないのは、ブランドに何らかのアクションを取って欲しいと願う消費者は2017年から2018年に13ポイント(51%→64%)も増え、それ以降も高いレベルを維持しているということだ。従業員は企業のリーダーにアクションを求め、消費者はブランドにアクションを求める。

https://www.edelman.com/sites/g/files/aatuss191/files/2020-01/2020%20Edelman%20Trust%20Barometer%20Global%20Report.pdf

このように消費者と従業員の期待のベクトルは一致している。ブランドが、あるいはそのエグゼクティブが社会が求める正義に反する活動をしたとき、両者は同じように大きなネガティブな反応をすることになる。

「他者を助ける」という新しいラグジュアリー

もう一つ、消費者の価値観変化と言う観点からも考えてみたい。

「ラグジュアリー」の定義の変遷について書かれたこの記事で示されている通り、現代のラグジュアリーを定義づけたのはリーマンショックだった。それ以前の「華美なもの」がラグジュアリーとされていた時代を経て、ラジュアリーは徐々に「身体の内側」に移っていた。高価なバッグの変わりに、瞑想やビーガンなどの”スタイル”こそがラグジュアリーになる。ラグジュアリーは、金銭的資本を示すものから文化的資本を示すものに変わり、ブランドたちはこぞって健康、教育、生産性などの観点で「最高の自己実現サポーター」の称号を巡って争うようになった。

しかしリーマンショックが起きた2008年といえばもう12年前になる。干支が一巡すれば、こうした消費者の嗜好も変化する。消費者は自己実現を助けてくれるようなブランドにすら飽き始めた。

自己実現は「マズローの5段階欲求」の最上位に位置するが、その上には「自己超越欲求」が存在する。その欲求を満たす一つの方法が「他者を助ける」ことだ。「自己が完璧になる」のではなく「他者が完璧になるのをサポートをする」というのが消費者の新たなモチベーションだ。遠くの他者を助けるためにサステイナビリティに配慮したり、人道的な生産プロセスに配慮することがブランディングの文脈で語られるようになった。今日では、従業員向けの福利厚生、労働条件の改善、職業訓練さえもブランディングの一貫になっている。社会正義は消費社会のなかに組み込まれるようになった。

http://thefutureofgolf.eu/maslows-hierarchy-needs/

この記事の筆者のSara Bernátが示唆するのは、ブランドは個人へのアプローチから集団(コミュニティ)へのアプローチに移行すべきだということ。特定のペルソナを設定するのは、今やナンセンスなのだろう。消費者はSNSを何個を使いこなし、その中でいくつものコミュニティに属している。そして「他者の幸福をサポートする自分」に最も価値をおく消費者にとって、ありたい自分やその先の社会変化はコミュニティで追求して初めて達成されるようになる。自己という輪郭は徐々に重要性を失い、コミュニティという拡張された輪郭が重要になる。

新しい線引き

従業員と消費者のベクトルの一致、「他者を幸せにする」という新しい価値とコミュニティの重要性の向上。

Everlaneの従業員への対応がなぜブランド毀損につながるか、消費者の怒りを買ったかの下敷きにこうしたトレンドが透けて見える。

経営者、従業員、消費者という3つの主体がいるとき、その境界線は従業員と消費者の間(ブランドの中の人とそれ以外)ではなく、経営者と従業員の間(経営者とそれ以外)に引かれるようになってきている。今や消費者と従業員は一体で地続きの存在だ。経営者がパーパスを掲げリードする対象は、消費者だけでなく従業員も含まれる。

念の為補足しておくと、炎上したからといってEverlaneの行為を責めている訳では全くない。個人的には今もEverlaneが好きだし、今もEverlaneのTシャツを着ながらこの文章を書いている。Everlane炎上が起きた背景にある構造はそのまま多くの消費者ブランドに覆いかぶさる。これからEverlaneがいろんなブランドに置換されて同じようなこと起きてしまうだろう。会社や創業者への期待値は大きく変わる。「サステイナビリティ」や「パーパス」のような流行り言葉を語るとき、こうした細かいニュアンスを感知し、汲み取りながら発言・行動することがこれまで以上に重要になっているのではと感じる。

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Yasuhiro Sasaki

Founder of Lobsterr https://www.lobsterr.co/. Director, Business Designer at Takram. Opinions are my own. Twitter @yasuhirosasaki