無数の「小さな勝者」が生まれる時代へ

Yasuhiro Sasaki
5 min readApr 9, 2019

--

思いがけず長い文章になってしまったので、Lobsterrからこちらにも転載します。

あなたが、世界数十カ国にファンをもつミュージシャンだとしよう。試行錯誤を繰り返しながら作曲し、頑張って辞書を引きながら英語で歌詞をつくる。努力が実り、Spotifyで年間200万回も再生されるまでになった(ダブルミリオンという意味では、宇多田ヒカルの「Automatic」と同レベルだ!)。しかし、ストリーミング音楽のこの時代、あなたに分配されるのはわずか100万円程度しかない。

2018年の音楽市場は、対前年比で約10%上昇したようだ。全体としては、ユーザー数も伸び、ユーザーが音楽を聴く時間も増えている。一方で、そこそこのユーザー数を抱え、まあまあの再生数をもつ”ミュージシャン中間層”の稼ぎは、CDの販売で生計を立てていた時代に比べてずっと少ない。ゾーイ・キーティングというチェロ奏者の楽曲は、世界65カ国の24万1,000人のリスナーによって計200万回再生(合計19万時間)された。それでも彼女の稼ぎはわずか1万2,000ドル程度(約130万円)。音楽だけで暮らすことは難しい。これは、ファンの数ではなく再生数でミュージシャンに収益分配するという、音楽ストリーミングサービスのビジネスモデルにも原因がある

Spotifyはクリエイターの収入を増やすと喧伝されているが、実際はそうはなっていないという批判が多い。Spotifyだけでなく、UberやAirbnbなど、新たなエコノミーの旗手の、期待と現実のギャップは至るところで目にされる。

例えば、Amazon FlexというAmazonの配送を単発・短時間で自由に請け負うことができるサービスも、各所で配達員の過酷な状況が伝えられている。仕事中は時間に追われてトイレに行く暇もなく、運転中にゲータレードのペットボトルに用を足す。Uberのドライバーも、乗客の争奪戦が激しい。また、Airbnbの「家主が余った部屋を貸し出すことでちょっとした収入をあげられる」というイメージは実態とはかなり遠い。Airbnb物件の大部分は、都市中で多くの物件を扱う業者によって運営されている。トップ10%のホストが、2017年の全収益の48%を稼ぎ出している。

a16zのジェシー・ウォールデンがブログに書いている通り、AmazonやUber、Airbnbなどのプラットフォーマーとその上でサービスや労働力を提供する人々の関係は、時間の経過とともに「協調的関係」から「競争的関係」へと変化していく。プラットフォームができた初期は「来てくれてありがとう」。それが「嫌なら他に行きな」へと変化する。
ここでいう競争的、というのは、働き手にとっては2つの意味をもつ。ひとつはプラットフォームとの競争。限られたパイの収益分配の線引きを巡る争い。もうひとつは、他の働き手との競争。プラットフォームが活発化すると、供給者間の競争が激しくなる。こうした問題は、プラットフォーマーが「まずはユーザー数の拡大、その後、クリティカルマスを超えた時点で収益化に舵を切る」というビジネス戦略上のプロセスに呼応し、構造的に起こるものだ。

では、どうしたらいいか? ケヴィン・ケリーが「1,000人の忠実なファン」と題されたブログで提唱するのは、クリエイターは、あなたに毎年100ドルを払ってくれるファンを、世界中から1,000人だけ見つけなさいということ。そして、仲介者なしで直接そのお金を受け取ること。そうすれば、年間1,000万円程度の収入を得ることができる。左利き用の魚釣りリール、あるいはデスメタル音楽といったニッチなものの方がいい。SNSの普及により、こうしたことははるかに容易になってきているはずだ。

また、現在はGAFAをはじめとする中央集権的なプラットフォーマーが担っている役割を、ブロックチェーンやスマートコントラクトを活用したテクノロジーに担わせようとする実験的取り組みが多く為されている。これが実現すれば、複雑な権利処理やロイヤリティの分配などが自動で行われるようになる。ネパールのカトマンズに住む少女があなたの音楽を聴くと、間髪入れずに、作曲、作詞、シンガーたちに自動的に収益分配されるような仕組みだ。そこでは、聴き手が払った金額の90%がつくり手に届くようになる。

技術とマーケットは変わり続ける。レディ・ガガの元マネジャーでSpotifyのクリエイターサービス部門のトップを務めたトロイ・カーターは、「アーティストも起業家精神をもつ必要がある」と言う。アーティストは、ディストリビューションも含め、表現以上のことをする必要があるということだ。
分散型テクノロジーがさらに発達し、起業家精神をもつクリエイターが増えれば、新しいエコノミーの、さらにその次のフェーズに近づく。そこでは、使い手とつくり手の間に仲介者は存在せず、ピュアでシンプルな関係が無数に、そして分散的に存在する。その社会にはGAFAのような肥大化した勝者がおらず、手触り感のある「小さな成功者」が数多くいる社会になるのだろう。

--

--

Yasuhiro Sasaki

Founder of Lobsterr https://www.lobsterr.co/. Director, Business Designer at Takram. Opinions are my own. Twitter @yasuhirosasaki